2016年03月16日

池永チャールストーマス

俺とは少しケースが違うが、
「名家に生まれ、芸能活動をしていた少女と、捨てられた底辺階層の男」という事件の状況に感じる所があり、注目していた裁判。

リベンジポルノの起訴をめぐるゴタゴタを見ても、日本の司法のレベルの低さを改めて感じた裁判。

犯行時21歳の彼に下された懲役22年が軽いか重いかは別にして、
犯行時26歳の警察官・水内貴士が、結婚していることを隠して不倫した末に女性を殺した事件の判決が懲役18年だったことを考えると、司法関係者は身内を守っている醜いクズだということが良く分かる。


少女の遺族はこうおっしゃっている。
「現在の法制度の下では、私達の納得できる判決は得られないでしょう。」

この思いには共感する。
俺の場合も、法律は復讐の代行などしてくれなかった。

ただ、「私達の池永被告人に対する裁きは、神の裁断にゆだねます。」という言葉は、彼らが失う物を持っている名家の人達だからか。


俺は裁きを神になどゆだねない。
弱い人間を救ってくれる神の存在など、感じたことはない。

そもそも、生命の歴史、人類の歴史を見ても、神は戦うことを求めているのではないのか。

戦わない人間は、神にも悪魔にも評価されないのかもしれない。



PS
結婚していることを隠して生きているクズって沢山いるもんですね。
そんなクズと仲良くできるクズもいるそうですよ。

最近の不倫報道ブームで、また取り上げられることが増えそうです。



morihikari at 09:37│Comments(0)雑談 

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