2017年07月27日

植松聖の間違い

1年前、俺が麻布警察の留置場にいた時に、回し読みの新聞で知った事件。
重度の知的障害者は生きる価値がないと考えた植松。

だが彼の考えは間違っている。
彼らに限らず、この世界に生きる価値のある人間など1人もいない。

平気で人を踏みにじって、自分だけ楽しければいい勝ち組たち。
勝ち組権力者のためだけに動く、犬のような公務員たち。
そして、そいつらと命をかけて戦う気すら無い、静かなる奴隷「普通の人たち」。

客観的に見て、みんな生きる価値などない。

「主観的」に、死んで欲しくない大切な人間がいる人はいるだろう。
だが、客観的に見れば全員価値のない命。

それを否定する人は、毎日世界中のニュースを見ながら「今日も素晴らしい命が理不尽に1000も失われた」と嘆いているのだろうか。
その人が普通に生活出来ているのなら、その嘆きは毎日3分ぐらいで終わっているのだろう。

俺の主観では、死んで欲しくない人間はこの世に1人もいない。
俺に死んで欲しいと思ってる人間は沢山いるだろうね。

だが、植松みたいな浅はかな思想の小物より遥かに大きく自分の名前を歴史に刻み付けるまでは死なない。


動物たちの命にも価値は無い。

人間が勝手に主観で自分にとって可愛いかどうか決めてるだけ。
それ以外の動物は平気で食う。
俺が猫にやるエサも、誰かが殺して缶に詰めた魚。必死に生きていた魚。


俺が勝手な主観で大切に思っていた動物への思いは、どんどん消えていく。
それは俺にとって、楽になること。


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morihikari at 15:43│Comments(0)雑談 

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